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横浜地方裁判所 昭和34年(ワ)1035号 判決 1961年11月17日

原告

草間節子 外三名

被告

久米原八郎 外一名

主文

被告両名は各自、原告草間柳章に対して金七拾八万七千六百拾四円、原告草間節子、同草間道子及び同草間稔に対してそれぞれ金五拾参万九千九百四拾弐円並びにこれらに対する昭和参拾四年七月拾壱日以降完済まで年五分の金員の支払をせよ。

原告等の各請求中その余をいずれも棄却する。

訴訟費用はこれを四分し、その三を被告両名の負担とし、その一を原告等の負担とする。

この判決は、原告等勝訴の部分にかぎり、被告両名のために、原告草間柳章において金壱拾五万円の、原告草間節子、同草間道子及び同草間稔においてそれぞれ金壱拾万円の各担保を供するときは、それぞれかりに執行することができる。

事実

原告等訴訟代理人等は、「被告両名は各自原告草間柳章に対して金一、〇二六、九七四円、原告草間節子、同草間道子及び同草間稔に対してそれぞれ金六六九、四七五円並びにこれらに対する昭和三四年七月一一日以降完済まで年五分の金員の支払をせよ。訴訟費用は、被告両名の連帯負担とする。」との判決と仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

「(原被告等の身分、職業と本件不法行為)

一、原告草間柳章は訴外亡草間とくの夫、原告草間節子(昭和一五年二月二日生)、同草間道子(昭和一八年一月一〇日生)及び同草間稔(昭和二二年九月九日生)はそれぞれ原告草間柳章と右訴外亡とくとの間の長女、二女及び長男であつて、他方、被告久米原八郎は運送業を営む者で、被告荒畑篤司は自動者運転者として被告久米原に雇われ同人の自動車の運転に従事していたものであるところ、右とくは昭和三四年七月一〇日午後三時四二分頃横浜市磯子区丸山町三一一番地先市電天神橋停留所において同所に停車した桜木町発芦名橋行電車から下車し安全地帯のない路上に降りたとたん未だ同電車が発車しないうちにたまたま同路上を同市南区睦町方面から同市磯子区磯子町方面に向つて右電車の後方から時速約三五粁の速度で疾走しつつ同電車の左側を通過しようとした被告荒畑篤司の運転する被告久米原所有の小型四輪貨物自動車(登録番号四―き〇四九六号)に追突され、このため同所において脳損傷に因り即死した。

右は、自己のために自動車を運行の用に供する者(保有者)である被告久米原においてその運行により訴外とくの生命を害したものであるから、同被告は自動車損害賠償保障法第三条の定めるところにより、又、被告荒畑は、前記の事情及び状況の下において自己の運転する自動車が乗客の乗降のため停車中の電車に追いついた場合には乗客の降り乗りの終り前方において電車の左側路上を横断し又は横断しようとしている乗客その他の者がいなくなるまで電車の後方路上で一時停止して事故の発生を未然に防止すべき義務がある(道路交通取締法施行令第二十六条参照。)にもかかわらず、この義務を怠り慢然同一速度を以てその場を通過しようとしたため前記事故を発生せしめたものであるから、民法第七百九条に基き、それぞれ右事故に因り訴外亡とく及び原告等の蒙つた財産上及び精神上の損害を賠償する責任があるところ、

(本件不法行為に因る損害)

二(一)  訴外とくは大正六年一〇月二八日出生、死亡当時満四一年八月の女子であつて、生前はすこぶる健康体であつたから、厚生省発表の第九回生命表の修正表によるとなお三一・九三年の平均余命を有し、そのうち少くとも爾後一五年間(五七歳まで。)は労働可能であつて、同女は死亡当時自家において手動式印刷機二台を使用して昌文堂印刷所という名義で印刷の内職を営み、毎月平均四〇、〇〇〇円以上の売上から少くとも二六、〇〇〇円以上の実収入を得ていたのであるから、その所得中自己の生活費にあてられる分の六、〇〇〇円を控除した毎月平均二〇、〇〇〇円、年間二四〇、〇〇〇円の所得を爾後一五年間(三、六〇〇、〇〇〇円)得ることができたのであつて、これからホフマン式計算方法により年五分の中間利息(一八〇、〇〇〇円)を控除するときは金二、六三五、四〇〇円が同訴外人の財産上の損害として被告等に一時に請求しうる金額となる。そして、原告等は右訴外人の共同相続人として右損害賠償請求権を承継取得したので、これをその相続分に応じて配分し、原告柳章は<省略>の金八七八、四六七円、同節子、同道子及び同稔はそれぞれ<省略>の金五八五、六四四円の債権を被告等に対して有するものである。

(二)  原告柳章は明治四一年七月二三日生で株式会社ニツボン放送経理局財務課に勤務し、中流の生活を営んでいるところ、家庭の中心である最愛の妻とくを無惨な死によつて失つたため、筆舌につくしがたいほどの精神的打撃を蒙つており、又、原告節子は昭和一五年二月二日生で川崎市立川崎商業高等学校を昭和三三年三月卒業の後日新火災海上保険株式会社川崎営業所に勤務しており、原告道子は昭和一八年一月一六日生で当時鶴見女子高等学校二年に在学し、原告稔は昭和二二年九月九日生で当時鶴見区市場小学枚六年に在学していたものであるが、いずれも慈母を突如喪つたためその悲嘆は見るに忍びない程で今後永年に亘つてこの不幸を耐えていかねばならないことによる精神的苦痛は全く言語に絶するものがある。右の如き原告等の精神的損害に対する慰藉料は、原告柳章については金二五〇、〇〇〇円、その余の原告等に対しては各金一五〇、〇〇〇円が相当である。しかるに、原告等は昭和三四年一一月三〇日訴外東京海上火災保険株式会社横浜支店から本件自動車事故の自動車損害賠償責任保険金三〇〇、〇〇〇円を受領したので、これを原告等の債権額に応じて原告節子、同道子及び同稔の各物的損害金債権に各五二、六七六円、同人等の慰藉料債権に各一三、四九三円宛、原告柳章の物的損害金債権に七九、〇〇七円、同人の慰藉料債権に二二、四八六円を各充当した。

(結論)

三、よつて、原告等は被告両名に対して、同人等が各自原告節子、同道子及び同稔に対してはそれぞれ前項(一)の相続債権金五八五、六四四円より右各充当金を控除した残額金五三二、九六八円及び同項(二)の慰藉料金一五〇、〇〇〇円より右各充当金を控除した残額金一三六、五〇七円、合計金六六九、四七五円宛、又、原告草間柳章に対しては前項(一)の相続債権金八七八、四六七円より右充当金を控除した残額金七九九、四六〇円及び同項(二)の慰藉料二五〇、〇〇〇円より右充当金を控除した残額金二二七、五一四円、合計金一、〇二六、九七四円並びにいずれも右各金員に対する本件事故(不法行為)の日の翌日たる昭和三四年七月一一日以降完済まで年五分の民事法定利率による遅延損害金の支払を求めるため、この訴をする。」

と陳述し、

被告等の主張に対して、

「一、訴外亡草間とくの蒙つた損害について。

(一)  印刷の内職を営んでいた訴外亡とくが納税申告をしていなかつた点は認めるが、納税申告をせず、したがつて、税金を納付していなかつたからといつて、同人に所得がなかつたとか、その額が不定のものであるとはいえない。そして、その売上収入の割合及び内訳は、昭和三三年一二月金一四、八二五円、昭和三四年一月金三二、四四〇円、同年二月金六九、一〇〇円、同年三月一〇九、八〇〇円、同年四月金四一、五五八円、同年五月金二八、七〇〇円、同年六月金三三、七〇〇円、同年七月金八八、六五五円、以上合計金四一九、九五八円で、右九ケ月間の一ケ月平均は金五二、四九四円となり、経費としては紙代が売上の二割弱、インク代が年間金一五〇円、活字代一ケ月金一、〇〇〇円、電話料金一ケ月一、二〇〇円ないし金一、三〇〇円、製本及び裁断料一ケ月金二、〇〇〇円ないし金三、〇〇〇円であつて、その他に一週間に一日午前中だけ配達、納品等にアルバイトの学生を半日金二〇〇円の給料で雇つていたので、これらの経費を合計すると月間平均金一六、〇〇〇円前後となるから、これを前記月間平均売上収益金五二、四九四円から差し引くとその残額金三六、四九四円前後が訴外亡とくの印刷業の内職による純益となるわけである。したがつて、すでに請求の原因二の(一)でのべたように、少くとも二六、〇〇〇円以上の純利益を得ていたことは確実である。そして、訴外亡とく生存中における家族全体の生活費は月額三〇、〇〇〇円前後で、原告等の通勤及び通学には相当の出費を要したが、右とくのは家庭での内職をしていただけで特に生活上多額の出費を要する事情もなく、かつ、その生活態度からみて特に身辺を飾るような人柄でもなかつたので、同女自身の生活費は全体の五分の一の金六、〇〇〇円位とみれば充分である。すなわち、訴外亡とくの年間の純収益は二四〇、〇〇〇円以上となる。

(二)  被告等は、訴外亡とくの本件事故後の推定稼働年数を争うが、農業に従事する婦人につき満六〇年に達するまではそれまでとほぼ同一の労働能力を有し、満六〇年から後は農業に従事し得るとしても自己の生活費程度以上の収益を得られず余剰を生ずる程度の労働能力を有しなくなるであろうことは経験則上明かであるとする判例(大阪高裁、昭和三三年一一月一五日判決、下級裁民集九巻一二号二四六二頁以下。)の示すところであつて、これに比照しても、被告等の主張は失当である。そして、訴外亡とくの家庭には三子があり、長女は当時一八歳、二女は当時一六歳でいずれも爾後五年ないし一〇年の間は相当の出費を要し、又、長男は当時一一歳で大学卒業まで一三年間は相当の教育費を要し、更にその後も独立して自活するまで二、三年間は生活費の扶助を要することは明かであつて、本件事故後一五年間当時以上の生活費を必要とするところ、夫たる原告柳章はその勤務先日本放送の嘱託という地位から見て退職に際し多額の退職金を得ることができる筈もないから、訴外亡とくは夫の停年退職後も労働可能である限りひきつづき当時の仕事を継続するとみるのが当然である。

(三)  かくて、訴外亡とくの死亡当時の年間純収益を二四〇、〇〇〇円として、これを基準に一五年間の各年の所得からホフマン式計算法によつて年五分の中間利息を控除すると、その各年度の所得は次のとおりになり、その合計二、六三五、三九九円六〇銭(くり上げて二、六三五、四〇〇円)が現在一時に請求できる金額となる。(左記( )内の数字は年度を示す。)

(一)  二二八、五七一円四〇銭

(二)  二一八、一八一円八〇銭

(三)  二〇八、六九五円六〇銭

(四)  二〇〇、〇〇〇円

(五)  一九二、〇〇〇円

(六)  一八四、六一五円二〇銭

(七)  一七七、七七七円六〇銭

(八)  一七一、四二八円四〇銭

(九)  一六五、五一七円二〇銭

(十)  一六〇、〇〇〇円

(十一)  一五四、八三八円六〇銭

(十二)  一五〇、〇〇〇円

(十三)  一四五、四五四円四〇銭

(十四)  一四一、一七六円六〇銭

(十五)  一三七、一四二円八〇銭

以上合計金 二、六三五、三九九円六〇銭

なお、訴外亡とくの収入から所得税額を控除すべきであるとの被告等の主張については、そもそも、生命侵害による損害額の算定に当つては、死亡当時の現実の手取収入を基準とすべきであるから、被告の主張は失当である。原告の算定した損害金額の中には実質上所得税等の出捐も考慮されているのであり、更に、被害者が給与所得者であれば源泉徴収後の手取収入を基礎とすればよいのであるが、本件の場合訴外亡とくは所得税を支払つていなかつたのであるから、単に費用の一部として実質上考慮すれば足りるのである。  二、原告等の慰藉料について。

(一)  原告柳章は、昭和一四年二月に訴外亡とくと婚姻し、二〇年に亘る結婚生活を営み、その間愛児三人をもうけたものであるが、亡とくは昭和二九年二月から昭和三〇年末頃まで夫原告柳章が印刷業を営んでいたときは、その仕事を手伝ながら自己も印刷業の技術を身につけ、更に夫が高血圧の注意の診断を受けるや爾後の生活を慮つて印刷の内職を一人ではじめる等家族のため骨身を惜しまず働くと共に、夫婦仲も極めて円満であつたのであつて、亡とくは原告柳章にとつて全く理想的な妻であつたのに、その妻を失つたことによる同原告の悲しみの深さは推測を許さないものがあり、子女に対する影響を考えれば再婚の意思もなく、今後は子女の養育や家庭生活上の煩事も一切自己が一身に引き受けねばならないのであつて、その精神的苦痛に対する慰藉料として同原告の請求する金額はむしろ控目のものである。

(二)  長女節子は、昭和一五年二月二日生で川崎市立商業学校卒業後日新火災海上保険株式会社に勤務していたが、亡母の死亡により昭和三五年一二月末日限りで退職し家事につくすこととなり、父、弟妹の世話はもとより一家の主婦同様の雑事一切を処理しなければならないのであつて、慈母を失つた悲しみに加えて今後の労苦は並大抵ではなく、かつ、婚期を迎え母を失つた悩は一層深いものがある。

次女道子は、昭和一八年一月一〇日生で鶴見女子高等学校に当時在学していたのであるが、最も多感な年令であり三子のうちで一番精神的打撃を強く受け、今後の就職や結婚等にも多大の支障を来すことは明かである。

又、長男稔は昭和二二年九月九日生で事故当時後なお四、五年は最も母の愛情と監督を必要とする年令であつたところ、慈母の突然の死去により本人の肉体的精神的な成長に極めて不利益な影響を蒙ることは明らかであつて、すでに母の生前にはなかつた性格的変化があらわれている。

右の三子の立場を考慮すれば、同原告等請求の慰藉料の額は決して不当ではない

三、被告等の過失相殺の主張について。

本件事故の被害者訴外亡とくは電車の後部出口から降りた直後に停留所内で被告荒畑の運転する自動車に衝突されて即死したものであつて、道路の横断を始めたものではなく、準安全地帯として指定された停留所の区劃の範囲から一歩もふみ出していなかつたのであるから、同女に過失は全然なく、被告等の主張は失当である。

四、他方、被告久米原は個人で自動車運送業を営む者であるが、東京都品川区大崎本町三丁目五七番の一所在家屋番号同町五七一番の一二木造瓦葺平家建店舗一棟建坪一二坪及び同町同丁目五七二番地所在家屋番号同町五七二番の二木造瓦葺二階建店舗兼居宅一棟建坪二九坪五合外二階八坪七合五勺、附属木造瓦葺平家建居宅一棟建坪一〇坪五合の各建物を所有し、貨物自動車三台以上を使い相当手広く営業しているのであつて、原告等が昭和三四年八月一三日横浜地方裁判所昭和三四年(ヨ)第四三九号仮差押事件で右の各建物に対し仮差押をするや金一、〇〇〇、〇〇〇円の解放金を供託して同年一一月一六日に同庁より仮差押執行処分取消決定を得ており、これらの事実からみても本件損害金支払の能力は十分にあることが明かである。(しかも、同被告は本件事故後自動車事故協議会の関晃という職業的事故屋を原告等方に差し向けて、「今回は気の毒だつた。私は久米原の代理人として頼まれてきたのだが、大体限度があると思うが、いくら位ほしいのか。」という不謹慎な態度で臨み、全く誠意を認められないものである。)」

と述べた。(立証省略)

被告両名訴訟代理人は、「原告等の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は、原告等の負担とする。」との判決を求め、答弁として、「原告主張の請求の原因中一の事実のうち被告荒畑篤司がその運転する自動車で時速約三五粁の速度を以て疾走したとの点、同二の事実並びに同三のうち原告等がその主張の自動車損害賠償責任保険金を受領したとの点をのぞくその余の事実は、いずれもこれを争うが、その他の事実はすべてこれを認める。(一)原告等の主張するように訴外亡とくがなお平均寿命三一年余を有したとしても、男子ならばともかく女子が爾後なお一五年間すなわち年令五七歳までも肉体的労働能力を有するとは考えられない。特に原告等の家庭は、原告等の主張するように、いわゆる中流家庭であるから、その家庭の主婦が右年令に至るまで印刷業に従事するとは到底思われない。せいぜい同人の夫の原告柳章が現在の勤務先株式会社ニツポン放送の停年退職までを限度と考えるのが常識である。そして、右停年年令がいく歳であるかは不詳であるが、五五歳ないし六〇歳位ではないかと思われるから、同人は明治四一年七月二三日生であるというのであるからここ数年長くとも一〇年をこえて勤務することは考えられない。したがつて、原告等が訴外亡とくの死後一五年間の営業可能性を前提としてその損害の数額を算定しているのは失当である。(二)(1)訴外亡とくが死亡当時手動式印刷機二台を使用して印刷業を営み毎月平均四〇、〇〇〇円以上の売上があり二六、〇〇〇円以上の実収入があるという事実は否定せざるをえない。印刷業はそのような収益率の高いものではなく、諸経費としてアルバイトに支払う給料、原紙代、インク代、活字代その他の費用を要するものであるが、これら控除経費の内訳及び割合等は原告の主張では不明である。この点について、訴外亡とくは機械二台を使用しアルバイトをする者をも雇い入れて印刷業を営んでおつたというのであるから、それはもはや内職の域を脱しておる商人の商行為であつて、商法所定の商業帳簿や日記帳もあり、所得に対する税務署への納税申告もしておるべき筈であるから、右控除経費の割合、内訳等は判然としているはずである。いわんや、これが婦女の内職であつて、印刷の仕事はその不出来、活字の誤植等により廃棄する場合もありむしろ損失を生ずることすらあるのである。(2)かりに、訴外亡とくに年間二四〇、〇〇〇円の所得があつたとしても、これに対する所得税は当然控除さるべきものであつて、これを世帯主原告柳章の所得に合算するときは年間少くとも五八、〇〇〇余円の減少となる。すなわち、原告柳章の所得は昭和三三年度六七二、三二八円、同三四年度六四九、三九九円、一ケ年平均六六〇、八六三円で、右所得に対し扶養家族の控除は妻一人、子供三人の内二人、計三人として妻は五〇、〇〇〇円、子供は各三〇、〇〇〇円、計一一〇、〇〇〇円と基礎控除額九〇、〇〇〇円、以上合計二〇〇、〇〇〇円、差引課税される所得金額四六〇、八六三円(この税額七六、六〇〇円。)となり、これに訴外亡とくの所得を加算すれば460,863円+240,000円=700,863円となり、この税額は一三五、〇〇〇円であるから、これから原告柳章の所得税額を差引いた五八、四〇〇円が訴外亡とくの所得税額であつて、したがつて、同女の年間収益金二四〇、〇〇〇円からこの所得税額を控除した残額一八一、六〇〇円が同女の一ケ年の純利益とならねばならない。要するに、同訴外人に原告主張の純利益があつたという事実はこれを否認する。(三)なお、原告等は、訴外亡とくの得べかりし利益のうちからその生活費として一ケ月金六、〇〇〇円を控除しているに止るが、生活費は単に食糧費だけではなく、衣料費、娯楽費、交際費、医療費等社会生活上必要な諸費用をふくみ、今日の中流家庭において右の六、〇〇〇円では生活を維持することができないことは明かであり、右の金額は過少評価したものであつて不当である。(四)訴外亡とくは本件事故に因り即死したのであるところ、その事故に因る損害賠償請求権が被害者の死亡に因りはじめて発生するものであつて、その発生時にはすでにその権利の主体はないのであるから、原告等が同訴外人の共同相続人としてその権利を承継取得したという原告の主張は論理的に矛盾がある。(五)原告等の主張する慰藉料は甚しく過当である。本件事故当時、原告節子は学校卒業後会社に勤め、同道子は高等学校三年、同稔も中学校一年で、かつ、父親も生存し、経済的にも生活上の不安もなかつたのであるから、その額は相当減額さるべきものである。又、原告柳章についても、子女はいずれも順調にそれぞれ成長しているのであるから、幼児を残された場合と異り、これも減額さるべきである。(六)更に、本件事故の発生については被害者訴外亡とくにも亦過失があつたのであるから、その損害賠償の額を定めるには、民法第七百二十二条第二項により、その過失を斟酌すべきである。すなわち、われわれが道路を横断するときは信号機が青色燈火(進め)になつている場合でもその信号のみを頼りに直ちに横断することなく一応左右を見渡し疾走してくる自動車等の有無を見て横断の安全を確かめてから歩行すべく、又、電車より降りたときにも直ちに車道を横断することなく右同様の注意をすることが今日の都会生活における通常人の常識であつて、このことは特に注意深い人のみの動作ではない。これは、法令にいかに規定されてあつてもこれを遵守しない自動車運転者等のいることが一般に認識されていることよりする各自の自衛心から注意をする必然の動作である。今、これを本件についてみるに、被告荒畑の過失はいうまでもないが、被害者訴外亡とくも亦電車を降りた際直ちに車道を横断することなく一応右のような注意を払えば同被告の運転する貨物自動車の疾走してくるのを容易に発見でき、そして一時横断を中止したならば、本件のような事故を惹起しなかつたであろう。被告荒畑は軽卒にも降車は自己の運転する自動車の通過するまで横断を中止するものと期待して進行したところ予期に反して被害者が横断を始めたので狼狽して同人との衝突を避けるためハンドルを右に切つたが時すでにおそく、ついに本件事故を発生せしめたものであつて、被害者訴外亡とくの右過失も亦本件事故発生の一因をなしているからである。なお、この場合の被害者の過失については、不法行為成立の場合と異り、注意義務の違反というのではなく、単に不注意という程度で足りることは一般に認められているところである。(七)原告等と本件事故により被害を受けた他の二人(訴外亡佐伯修及び訴外中西千恵子。)との間にはいずれも、被告荒畑の過失の程度その他四囲の状況を斟酌して、昭和三四年九月二一日に自動車損害賠償責任保険金を被害者の相続人又は被害者に取得せしめるほか、前者に対しては金二二五、〇〇〇円を、後者に対しては被告久米原の負担した治療費と被害者の有する損害慰藉料との各請求権を相殺して決済する旨の示談契約が成立しているのであるから、本件損害額の算定についてもこれらの金額、措置を考慮さるべきものである。」とのべた。(立証省略)

理由

一、「請求の原因一の事実。」は、「被告荒畑篤司の運転する本件小型四輪自動車の時速が当時約三五粁であつた。点をのぞき当事者間に争なく、いずれも成立に争のない甲第五号証の九の一、二及び同号証の一五ないし一七並びに被告荒畑篤司本人訊問の結果によれば、「右の除外事実。」を認めることができ、この認定を左右する証拠はない。そして、右に判示した事実によれば、「被告久米原八郎は本件自動車の保有者として、自動車損害賠障法第三条本文の定めるところにより、本件事故に因り原告等の蒙つた財産上及び精神上の損害を賠償する責に任すべきものである。」と解すべく、又、右判示事実に前顕甲号各証及び被告両名の各本人訊問の結果を綜合すれば、「本件事故の現場は北方横浜市内中心街方面から南方八幡橋・磯子方面を経て横須賀市に通ずる直線かつ平坦な国道一級一六号線上にあつて、同国道から同市磯子区丸山町二五二番地所在の訴外太陽石油株式会社方面に至る巾員五・八五米の市道とT字形に交叉する地点の市電下り天神橋停留所であつて、安全地帯の設置はなくただ路上に鉄鋲にて区別された停留所の表示線のある場所で、同国道は全巾員一九・八米の歩車道の区別のあるコンクリート舗装で中央には巾員五・八米の横浜市電軌道が敷設されその両側にそれぞれ巾員四・六米の車道があるほか西側には巾員二・八米の非舗装(砂利道)の歩道があり東側には巾員二米のコンクリート舗装の歩道があり、これと車道との境には約一米間隔にコンクリートの防止柱が林立しており、事故地点における前記停留所の表示区劃(この部分は、市電が停留していない場合には市電以外の車馬用の車道(道路交通取締法第二条第四項本文、同法施行令第一条第二号。)としてその通行に供されているが、市電が停留している場合には右の車馬は通行してはいけないことになつている。すなわち、本来の意義における安全地帯そのものではないが、市電の停留中は安全地帯と同一の効力を自動的に生ずる準安全地帯ともいうべき区劃である。)の巾員は一米で、したがつて、この部分をのぞく前記国道上の東側の車道の巾員は三・六米で当時同停留所には桜木町発芦名橋行下り市電が停車し乗客が降車して将に発車せんとしていた時であるから、被告荒畑の運転する自動車(車巾一・六七米)は右の三・六米の巾員の車道部分のみを通行できる事情にあつたわけで、なお、神奈川県公安委員会の定めた本件現場の当時の制限速度は昼夜とも高速車四〇粁、低速車三五粁で、当時は晴天、路上は乾燥し視界を妨げる障害物は存在せず、同車道を北方の横浜市中心方面より進行してくる場合には優に約二〇〇米の地点から本件事故現場を見透すことができる状況にあつたのであり、更に、被告荒畑は同所をほとんど毎日自動車を運転して通つており同停留所の存在を知つていたものであるところ、同人は本件事故発生直前本件自動車を運転して横浜市中心方面より八幡橋・磯子方面に向つて(北方から南方に向つて)同車道上を時速約三五粁を以て進行中本件下り市電が前記停留所に停留したのを約二〇米前方に認めたが、そのままの速度を以て進行をつづけ、同市電との間の距離約一〇米に接近したとき同市電の前部ドアから一人、後部ドアから二人の乗客(そのうちの一人が訴外亡とく。)が降車したのを発見し衝突の危険を感じたが、時すでにおそく気が転倒してしまつて、そのまま進行して自己の運転する自動車の右側を右市電の左側面にぶつけてしまうとともに右降車客三名に順次衝突して本件訴外亡とくを即死させ、他の二名にそれぞれ重傷を負わせた上、(内一名はこの事故のため間もなく死亡。)右降車客を下して発進し約二米の地点で本件事故のため停車した右市電の約八・二米前方ではじめて停止した。」事実を認めることができ、被告荒畑篤司の本人訊問の結果中右認定に反する部分は、前顕各証拠と対比してたやすく措信できず、その他右認定をくつがえすに足りる証拠はない。そして、「右に認定した状況及び事情の下において、被告荒畑は前方約二〇米の地点の停留所に右市電の停留したのを認めた時に当然乗降客のあるべきことを予想して乗客の乗降の終るまで停留所の手前で一時停車して進行の安全を確認した後進行を開始するか、さもなくば、少くとも徐行して乗降客の行動を的確に認識判断してこれに対する危害を未然に防止するに必要にして十分の措置を講じて準安全地帯(当時は当該市電の停留によつて本来の意義の安全地帯としての効力を有していたものと解する。)の外側車道上を通過すべき注意義務があつた。」と解するを相当とする(道路交通取締法施行令第一条第六号、第十二条、第二十六条参照。)ところ、同被告は、すでに認定したように、かかる注意義務を全く欠き慢然時速約三五粁で進行し、しかも、右安全地帯に乗り入れて、本件事故を惹起したものであるから、本件事故は明かに同被告の過失に基くものと判定すべく、したがつて、同被告も亦原告等に対して財産上及び精神上の損害を賠償する責に任ずべきものである。

二、よつて、進んで、その損害の数額について案ずるに、

(一)  証人杉森一久、同平野繁夫及び同法月利一の各証言ならびに原告草間柳章本人訊問の結果により成立の真正を認める甲第二号証、同原告本人訊問の結果によりいずれもその成立を認める同第三号証の一ないし三、五、同原告本人訊問の結果と右杉森証人の証言により成立の真正を認める同号証の四、同本人訊問の結果と右平野証人の証言により成立の真正を認める同号証の六及び同本人訊問の結果と右法月証人の証言により成立の真正を認める同号証の七、いずれも成立に争のない同第四号証および同第五号証の一二ないし一四、原告柳章の本人訊問の結果によりいずれもその成立を認める同第六号証の一ないし五、同第七、八各号証及び郵便官署作成部分について当事者間に争なくその余の部分は原告柳章本人訊問の結果によりその成立を認める同第九号証の一、二を綜合し、原告の引用する生命表を照合すれば、「請求の原因二の(一)の事実のうち、ホフマン式計算方法により算出した損害金額の点をのぞく、その余の事実。」を肯認することができるとともに「被告両名の主張に対する原告等の反論中の一の(一)の事実。」をも推認することができ、これらの認定を左右するに足る証左はない。そして、右認定の事実によれば、結局、「訴外亡とくは本件事故に因る死亡なかりせば、なお少くとも爾後一五年間(年令五七才まで)印刷業に従事して労働することができ、しかも、死亡当時の印刷業による純収益は、本件にあらわれていない印刷機の減価償却費及び修理費等をふくんだとしても、少くとも一ケ月平均二〇、〇〇〇円、年間二四〇、〇〇〇円であつた。」こととなるところ、被告等は、その答弁中において(一)及び(二)の(1)、(2)の主張を以て反論するので、これらの点について考えてみるに、その(一)については、原告引用の判決は事案の内容が本件の場合とはいささか異るからこれを以て直ちに本件の場合を、直接には勿論間接にも、律するわけにはいかないが、これらの引用判例をまつまでもなく、被告等の主張を裏付ける立証は本件において全然なく、かえつて、原告柳章本人訊問の結果と一般経験則によれば、原告等の主張するところは必ずしも直ちに否定しえないものとするのがむしろ法律常識に適うものと思料されるから、この点に関する被告等主張は排斥を免れず、又、(二)の(1)については、これ亦、被告等の主張事実を肯認するに足る証左を見出しえないことによつて、この主張も理由がないものとせざるをえず、同(2)の主張については、前顕甲第九号証の一、二に徴すれば、なるほど、「訴外亡とくはその内職として印刷業に従事していたものとはいえ、神奈川県印刷工業組合に加入所属していて前認定のように相当の収益をあげていたのであるから、本件正式に営業の認可を得るとともに、生計を一にする同女の夫たる原告柳章及び長女の各所得との合算額が所得税法の定めるところにより課税対象となるものであるならば、当然所得税の申告をして所得税を納付すべきであつて、その税額を損害額算定の基礎たる数額から控除すべきものである。」ところ、被告等の詳細に主張する原告柳章の所得額等の事実についてはこれを肯認するに足る証拠を欠くから、結局、被告等の右主張も亦失当たるに帰するものとせざるを得ない。

その他、被告等主張の(三)の点についてはその主張するように訴外亡とくの生活費の額が過少であることを肯認しうるに足る立証又は資料はなく、同(四)の点はその主張主体失当たること多言を要しないところであるから、これらの主張はいずれも排斥を免れない。

そこで、前認定の訴外亡とくの死亡当時の純収入年間金二四〇、〇〇〇円と同女の残存稼働可能年数一五年を基準として本件事故により同女の蒙つた当時の損害額をホフマン式算定法に従つて算出すると、(24万円×15年)÷(1+0.05×15年)=205万7,143円(円未満四捨五入)となり、この金二、〇五七、一四三円が右の損害額となる。したがつて、原告等は右訴外人の共同相続人としてそれぞれその相続分に応じて右損害賠償債権を承継取得して共有するに至つたものであつて、原告等の主張自体において右の遺産は原告等間の協議によつて各相続分に応じて分割されたものと認められる(民法第八百九十六条本文、第八百九十八条ないし第九百条第一号、第四号本文、第九百七条第一項。)から、結局、右訴外人の夫たる原告草間柳章は右損害賠償債権の三分の一である金六八五、七一四円(円未満四捨五入)の請求権を、同訴外人の直系卑属たる原告草間節子、同草間道子及び同草間稔はそれぞれ同損害賠償債権の三分の二の三分の一(すなわち、九分の二)である金四五七、一四二円(円未満四捨五入)の請求権を、被告等に対して有するに至つたものといわなければならない。

(二)  前顕甲第四号証及び同第五号証の一三、一四並びに原告草間柳章本人訊問の結果を綜合すれば、「請求の原因二の(二)の事実。」を認めることができ、この認定を妨げる証拠はなく、同事実に徴すれば、本件事故により、訴外亡とくの夫たる原告柳章は永年苦楽を共にしたよき伴呂を失い今後は一男二女を抱えて勤務せねばならない窮境におち入り、その受けた精神的苦痛はこれを察するに余りあり、又、その余の原告等は青少年の年若き性格形成の重要な時代にその慈母を喪いその悲嘆の情洵に切なるものがあるとともにこれに伴い前途になんらかの障害あらばこれを克服し常に禍を転じて福となすべく力強き努力をするに人一倍の心労あるべきことを汲むに難からず、これらの事実その他本件にあらわれた諸般の事情を参酌して、原告等の右精神的苦痛に対する慰藉料としては、原告柳章については金二〇〇、〇〇〇円、その他の原告等に対しては各金一五〇、〇〇〇円を相当と解する。被告等の(五)の主張は右の判定を左右にするに足るものとはいえない。

(三)  次に、本件損害額の算定についての被告等の過失相殺の主張((六))は、本件事故発生の事情及び状況がすでに前記一に判示したとおりであるから、被害者たる訴外亡草間とくには毫も過失がなかつたものといわねばならず、被告等の主張するような歩行者の注意は現時のごとき交通事情の下にあつて通常われわれの須いるところではあるが、かかる注意は諸車殊に自動車の違法又は無謀の運転による事故から自己の生命身体を防衛するために自発的にするものであつて歩行者に課せられた義務ではなく、況んや本件事故の実情の下においてこれを期待することは全く不可能であつたのであるから、被告等の所論は到底これを採用することができない。

(四)  被告等は本件事故に接着して殆んど同時に本件加害者により惹起された事故(広い意味で、判示一に認定したところに徴し、本件事故のうちにふくまれる。)の被害者二名(訴外亡佐伯修及び訴外中西千恵子。)と被告等間に成立した示談の内容を以て本件損害額算定の資料とすべく主張し、もとよりこれらを参考とすることに吝かではないが、しかし、これらの被害者の本件事故における状況、被害の程度、態様その他これらの人々についての諸般の事情がそれぞれ異つている上に右は当事者双方の互譲による示談であつてその示談の成立に至る経過、いきさつ等も本件では明かでないのであるから、これら示談の内容を以てしても、すでに判定した本件損害額を動かすに至らない。

(五)  そして、「原告等が昭和三四年一一月三〇日訴外東京海上火災保険株式会社横浜支店から本件自動車事故の自動車損害賠償責任保険金三〇〇、〇〇〇円を受領した。」事実は当事者間に争がないから、これを原告等の損害賠償債権(原告柳章は合計八八五、七一四円、その余の原告等は各六〇七、一四二円。)に応じて按分すると、原告柳章の分としては九八、一〇〇円、その余の原告等の分としては各六七、二〇〇円となるから、これらを右各損害賠償債権に充当すると、結局、原告柳章の同債権は金七八七、六一四円、その余の原告等の同債権は各金五三九、九四二円となる。

三、されば、被告両名は各自、原告草間柳章に対しては右金七八七、六一四円を、原告草間節子、同草間道子及び同草間稔に対してはそれぞれ右金五三九、九四二円を本件不法行為に因り生じた損害の賠償として、いずれもこれらに対する本件不法行為(本件事故)発生の日の翌日たること暦算上明かな昭和三四年七月一一日以降完済まで年五分の民事法定利率による遅延損害金とともに支払うべき義務がある。

四、よつて、原告等の本訴各請求は、右の限度内において正当として認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十五条、第九十二条及び第九十三条第一項の各本文を、仮執行の宣言について同法第百九十六条第一項、第三項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 若尾元)

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